取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

「語らない」語り

「芸人なら政治と宗教は語らない」と有吉がいつかどこかで言っていた。何でもこれは有吉の父親からの遺言らしい。いやどんな遺言だよと思うけど、有吉自身もこの遺言に納得して今なお旨としてるそうな。
確かに「商売相手に政治と宗教と野球の話はするな」ってのは人生訓(?)としてもよく聞く。損得勘定をするような相手にわざわざセンシティブな話を持ち出すべきではない、という…。自分は無宗教だし政治参画意識も高くないし、野球に至っては興味ゼロ・グラビティなのでそもそも注意したことがなかったが、考えてみると言い得て妙な警句だと思う。


特に政治の話題に言及することに対する忌避感は、芸人に限らず芸能界全体や世間一般にも蔓延している。半年くらい前には芸能人の政治的発言の是非もネット上でちょっと話題になった。その時の主流な世論を見た感じ、政治的発言歓迎派はなべて「芸能人も人間であり政治的主張をする権利がある」、反対派は「芸能人は影響力が大きいので不用意な発言は慎むべき」みたいなことを言っていた記憶がある。
どちらの意見も真実ではあるが、核心に触れてないような気がしたし、まさにこうした派閥のざわつきこそが、芸能人が政治に言及すべきでない理由を皮肉にもありありと浮かび上がらせていると思った。有吉の「芸人なら政治と宗教は語らない」を思い出す。流石、有吉の方がよっぽど賢い。


芸人が政治の話をするのを避けるのは、単純にそれをしてしまうと芸人としての商業的マネジメントが一気に難化するからだろう。政治的発言が生む分断というのは笑いを不可能にする類のものであり、芸人にとって致命的なマネジメント失敗を引き起こす。好印象を持っていた芸人が突然政治的発言を始めた時、それが自分と似た立場であったら良いが、もしそれが受け入れがたい自分と相反する主張であったとしたら、多分もうその芸人で笑えない。本来は場の雰囲気を和らげる空気清浄機的な役割を持つ筈の「笑い」は、政治的な緊張感と相容れない。ある人のユーモアに対して「笑う」ことは、相手への一定の共感を必要としている部分がある。芸人の政治的立場なんてのは芸人を芸人として見るにあたって余計な情報、ノイズでしかない。実際、せ○ろがいおじさんを見て笑えるという人はあまりいないだろう。
とはいえ政治的主張によって新しくファンがつく場合もあるし、リスクを負ってでも主張したい信念を持っているなら勿論それは自由なので、好きにしたら良いと思う。まあ、実際に芸能人が政治的発言をする時は大抵、相反するどころか思慮の浅さを曝すだけのがっかりオピニオンであることが多いが。


ここ数日間に渡り某スポーツブランドのCMが物議を醸している。現在アメリカで盛んらしい倫理的マーケティングが遂に日本の広告業界にも本格的に持ち込まれたんだなという感慨があるが、これも問題の構造としては先述のことと同じ気がする。
件のCM自体は正直そんな咎める程のものには思わないけど、アメリカの先駆である某アウトドアブランド以上にイデオロギー色強めではあったので、確かにちょっと急な感じがした。自分は中学まではそれなりに治安の悪い教育環境にいたけども、それでもあのCMで提示されたタイプの「弱者属性」を持った生徒がその属性ゆえにああも安直に虐められていた現場は目にしたことがないので、CMに違和感を覚える気持ちもわかる。とはいえそういう現場は別の場所に大なり小なり存在しているというのもわかるから、そこらへんの塩梅をもう少し繊細に真摯に表現するべきだった。
案の定というか非難轟々、絶賛轟々で、世間(というかネット上の世間)の分断が深まっている。内容がどうこうと言うより、広報としてテキトーで不誠実なのが問題だ。こういう結果になることは少し冷静に考えれば感付く筈で、わかった上でやっているなら余計にタチが悪い。


企業広報にとって道徳やイデオロギーなんてのはマーケティングの道具でしかないのに、一部の消費者はその善性を一切疑わず喜んでしまう。件のCMはそういう人達をターゲットにしており、彼らに対してのブランディングは確かに成功している訳だが、そもそも彼らは既に「目覚めている」人達であり、彼らを更に喜ばせたところでCMで提示した問題が少しでも解決に近づくかと言えばそうではない。一部で絶賛されるものには必ず裏や影がある。深刻な問題を単なるマーケティングの一環として気安くスタイリッシュに取り扱い、高潔な理念を免罪符に人の敏感な部分を暴こうとする。こうやって良心を道具として見せつけることで同時に対立を深めることへの自覚と責任は当然問われる。


企業とか芸能人は商業・エンターテイメント属性が強く、文化的権威がないので叩きやすい。発言や成果物には暇な消費者から隈なくチェックが入り、どんなに些細なミスでも確実に見出だされ、時には斜め上から徹底的に叩かれる。一触即発の緊張感がありさぞかし大変なことと偲ばれるが…大企業であればこれを折り込んで慎重に事を進める必要がある。企業が特定のイデオロギーを纏うのは勝手だし、トレンドの強い主張に乗っかるのも戦略として正しいだろうが、せめて自分達の立場がどこに位置するものなのかくらい俯瞰した上でゾーニングを考えなければならない。


任天堂とかポケモンはこの辺が突出して上手く、エンターテイナー精神が刻み込まれている。万人受けする価値意識を全身に帯びつつも行き過ぎた主張は当然せず、かといって小賢しさもほとんど感じない。
芸人なら政治と宗教は語らない…それは日和見的というよりは自分の首を絞めないための生存戦略的な信条だ。これは多分だいぶ前に「みなさんのおかげでした」で見たんだと思うけど、有吉がちょっと硬派な行動をとった時に石橋が「さすが政治と宗教は語らない男だ」と褒めていた。語らないことが「さすが」かどうかはわからないけど、対立を煽るようなことは確かに軽はずみに言いたくない。