取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー『フライデー・ブラック』


骨太で冷静、爆発的。すばらしい。アメリカの、そして我々の現在を肌で生々しく、しかしデジタル時計みたいに正確に測り知れる珠玉の短編集。これ以上なく政治的でありながらプロパガンダ的な作為性が微塵も感じられず、全て根底に暴力への怒りを込めておきながら、暴力を振るう人間の中にある恐怖と戸惑いも視野に収めて描写している。激怒に身を任せているのに目だけが血を抜かれたみたいに透徹している、絶妙なバランス感覚。


フィンケルスティーン5』と『ジマー・ランド』、『閃光を越えて』が特に良かった。『フィンケルスティーン5』は1篇目に持ってくるのに最高な衝撃作で、まさにBLMそのもの。自身の黒人指数を「ブラックネス」と表現し、向かう場所に応じて服装や振舞いから細かくブラックネスを調節する主人公エマニュエルの感覚は、我々日本人の人種感覚からは及びつかないリアルだ。忌避され怯えられ犯罪者扱いされたとしても、生き抜くために柔和な態度を心掛けてきたエマニュアルがついに蓄積された怒りを弾け出す時、彼はまさに白人が恐れる暴力的な黒人そのものと化す。その時彼のブラックネスは10.0の最高値に達し……死ぬことでしかブラックネスを0にすることは出来ない。


この短編集は後半に行くにつれて攻撃性が緩和されていき、特に『ライト・スピッター』なんかはかなり希望のあるカジュアルな話だが、最後『閃光を越えて』で終末とそして暴力のループを暗示するという粋な構成になっててそれも瞠目ものだ。強く感じたのは、作者は明らかに暴力と経済合理性の相関から生まれるコンフリクトに強い興味を抱いており、中でも特に「物質を介する現場の商品売買」に暴力との深い関係を見出しているのが結構珍しいというか、特徴的だなと思った*1。自分も深く考えたことが無かったし、あんまり他で見たこともなかったから。それも、買いたいという欲求(手に入れるため暴力的になる)と売りたいという欲求(手柄のために暴力的になる)どちらにもそれぞれの暴力性があることに着目していて、非常に説得力がある。表題作の『フライデー・ブラック』(タイトルとは裏腹?に、黒人問題がメインの話ではない)とかまさに象徴的。一読した時はこの作品は表題作にする程ではない、もっと優れた作品があるのに、と思ったけど、作者は黒人差別というセンセーショナルな問題に限らず暴力そのものを取り扱って描いているから、そういう意味で象徴的な『フライデー・ブラック』を表題に持って来たのかな、とか思ったり。ブラックフライデーアメリカのクリスマス商戦のこと)ってこんな壮絶なの? とやや訝しんだけど、調べるとあながち間違いじゃないってくらいには混沌状態になるみたいだ。アメリカ半端ない。


2018年の本作発表当時ブレニヤーは27歳だったそうで、すさまじい才能。やっぱりアメリカってこういう人がちゃんと出てきてちゃんと脚光を浴びるのが凄いし何より良いところだな。帯で「恐れ知らず」と形容されていて、爆発した作風だからそう言われるのもわかるのだが、私はむしろ人の何十倍も恐怖に敏感な人だと思う。読んでてそこかしこに熟慮を感じるし。恐れ知らずと言うよりは、全て恐れ、全てわかった上で果敢に攻撃しているという印象で、だからこそ素晴らしい。世の中に一石を投じたい、投じねばならない、そういう気骨に溢れた真に尊敬すべき小説でした。

*1:作者自身ショッピングモールで数年働いてたらしい。