取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

鬼滅の刃がハマらない

職場の人から借りて『鬼滅の刃』を一気読みした。
ハマらなかったなあ。いや、ハマらないというのは配慮と保守を含んだ表現だが、もう有り体に言ってしまうと、全然面白くなかった。壊滅的につまらない。


自分は普段「売れてる漫画」にはそれだけで信頼を置く方だ。世間で爆発的人気を誇っていても自分にはハマらない、なんてもの数えきれない程あるが、こと漫画に関してはそういうのがほぼないと思ってた。


経験則でそう思うってのもあるけど、一応推論的根拠もある。というのも漫画って消費者が支払う対価が大きい。例えば絵や音楽や小説、映画は鑑賞者にさしたる時間も金も求めなくて、鑑賞にかかる最低限の時間で言うと絵は一瞬、音楽は数分、小説映画は2,3時間であり、金で言うと絵や音楽なんてものによってはタダで享受できたりするし、小説も映画も2000円すれば高いくらいだ。その手軽さとコンパクトさゆえ、冷静に見たら馬鹿げた駄作であろうとも、鑑賞能力の低い人々からの軽薄な支持を得て世間に大手を振ってることが結構ある。良くも悪くも刹那的、商業主義的な世界というか。


しかし連載漫画というのは物語芸術の中でもかなり長編に及ぶものが多い上、人々を待たせながら定期でちびちび話が進む。そして長ければ長い分単行本を揃えるのにも金がかかるようになり、20巻新品で集めようとすると結果的に1万弱も払わなきゃならない。高いよね。


大衆ってのはバカかもしれないが暇ではないし財布にもちゃんと紐かかってる。支払った対価の大きさが人の審査の目をあからさまにシビアにするのだ。瞬発的な突破力だけじゃ人は待ったり金を出したりしてはくれない。
だからそうした中で10巻20巻という長きに渡って大衆の人気を維持できる漫画というのは、それだけで信頼に値する。映画やドラマ、アニメと違って制作に関わる人数もさして多くないので、作者の思想性だって如実に反映されやすいし、そういう意味でも誤魔化しが効かず、バランス感覚が求められる。


実際、現在進行形で爆発的に売れてる漫画というのは大抵納得できる面白さがある。売れてる漫画代表格のワンピースのあの冒険心くすぐる世界観の広がりや造語のセンスは化け物じみてるし、個人的にはアラバスタ編まで(もっと突き詰めるとグランドライン入るまで)あたりはほんと、他の追随を許さない面白さがあった。



【2009-2019】コミック別年間売上ランキングTOP10


つまりこういうの↑にランクインしてくる漫画ってのは面白くて当然なのだ。日本で十本指入るくらい売れてる時点で相当なレベルの高さは確約されてて、あとは個性と好き嫌い。私はこれに出てくる漫画ぶっちゃけ半分も読めてないので本来どうこう言える人間でもないのだが、やっぱりのだめカンタービレめっちゃ面白いし、進撃の巨人面白いし、君に届けも売れる理由わかる。このレベルで売れてる漫画から選ぶって時点で星5限定ガチャ同然になるってもんで、好き嫌いはあれど漫画の技量の高さはみな殿上人クラスだと思っていた。


ところが、鬼滅の刃はこの原理の外にある。たとえ瞬間最大風速であれ国内売り上げ1位に輝いた天晴な漫画であるにも拘わらず、蓋を開ければ絶望的に面白くない。こんな事態は滅多になかった、少なくとも自分の経験上はなかった。だから読んでみて本当に驚いて、緊急事態宣言を1人で発令した。


鬼滅のどこが面白くないかってのをつらつら語る記事ではないのでそれは割愛する。以下のブログの内容が大体自分の共感するところだったのでご参照ください。ちょっとアフィ感が強すぎるけど…。


https://kagesai.net/kimetsunoyaiba-review/kagesai.net


自分でも少しだけ言うと、根本的に展開の理由づけが全て弱すぎると感じた。それゆえにキャラにも奥行きが無い(特に悪役)。あと細かいところだと漫画の背景や設定を単行本のおまけページでひたすら言葉で説明するのは卑怯だしダメだと思う。それも裏設定とかの小話ならいいけど、ゴリゴリ本筋に出さなきゃいけないような設定ばかり後出しで出されるのだ。どうにかこうにか作品の中にねじこんでくれよ…。


子供向けとか大人向けとか関係ない。売れてる理由がここまでわからない作品に出会ったのは初めて。ジャンプの下位争いでよくありそうな漫画という印象で、とてもじゃないがワンピースどころか他の歴代人気ジャンプ漫画と張り合うようには思えない。るろ剣とかジョジョとかを継ぎ接ぎしたオマージュエピソードが頻出するので、作者はジャンプ大好きなんだなというのは伝わったけど…。
比較的新しい人気ジャンプ漫画のチェンソーマンが評判通りとても面白く、「流石ジャンプで人気出る漫画は違うな」と思った矢先に鬼滅の刃を読んだので、余計強烈な違和感を覚えた。売行きと実際の作品の間に、私の趣味や感性の問題とかそういう次元を超えた乖離がある。


売れてる理由を考察してる方々のブログをいくつか読んだところ、以下のような意見が多くみられた。


・アニメの出来が異常に良かったため補正がかかった
・若者の読解力低下により展開の矛盾や端折りが逆に高評価を得た
集英社が全身全霊をかけて作り出した紛い物のブーム


私見としてはあまり共感できない。全て一理あるとは思うが、これだけ売れた理由を説明できる程の要素ではないように感じられる。最後のに至ってはもう陰謀論だし。というかいくらなんでも大衆を馬鹿にしすぎな逆張り意見ではないか。
先に言ったように漫画というのは消費者に金も時間も要求する、現実的な購買ハードルがそこそこ高いメディアであって、鬼滅の刃だって御多分に漏れず一人一人のそのシビアな審査にかけられている筈なのだ。


偶然か必然か、私は最近ゲームでも「人気だけどストーリーが破壊的につまらない」ものに出会っていた。『ポケットモンスター ソード/シールド』である。


www.youtube.com



ゲームって購買の敷居という点で漫画と並ぶ次元にあると思っている。それなりのボリュームがあるゲームなら1本5000円くらいはするし、クリアまでに平均30時間は要するだろう。だから売れた名作ゲームと言われるものでちっとも面白くないものも少ない。
ちょうど文化としての柔らかさでも漫画と競っているし、中でも冒険RPGは物語芸術の一種として、漫画ほどではないにしろストーリーも重要視される筈だ。


ポケモン剣盾はそのストーリーが歴代随一で酷すぎる。手抜きも手抜きのゴミストーリーで、終盤の展開には目も当てられない。しかし剣盾は現時点で全世界1700万本という圧倒的な売上数字を叩き出しており、発売からの半年でポケモン史上屈指のキャラ人気を誇るオタク界の一大ジャンルにまで成長した。


ポケモンが売れるのはもはや当然であるし、ポケモンはストーリー以外の重要な要素が多すぎるので売れ行きどうこうについては言及しても仕方ない気がするが、この今までにない爆発的なキャラ人気には正直たじろいだ。確かにポケモン剣盾の人間キャラって見た目も中身もよく出来ていて魅力あるのだが、ストーリー上では誰一人全然活躍しないし見せ場がないのだ。なのに剣盾発売時には剣盾トレーナー達のセンシティブな絵がpixivランキング上位を席巻し、twitterでも未だに数万いいねされた剣盾キャラの二次創作が際限なく更新されてくる。


衝撃だった。いくらポケモンという肥沃な土壌を持っているにしたって、ストーリー上でほとんど見せ場がなくてもこれだけキャラ人気が出るものなのかと。ポケモン剣盾というのはキャラデザとポリコレに全神経を費やしたことでストーリーが陳腐化した悲惨な例で、その甲斐実ってキャラは魅力的な人格者に出来上がっているのだが、ストーリーでは特に活躍していないので彼らの人気はどこまでいってもフェチ的な人気に端を発する。
ポケモンの物語が主役をポケモンから人間にしちゃったら本末転倒だし、今作はそのやり方も下手だった。キャラの魅力は本筋で見せてほしい。レアリーグカードの文面作り込みとかいうクソみたいな見せ方するのやめてほしいのだ。


キャラ人気ってまずその作品の物語が面白いことが前提条件にあると思っていた。物語に登場するからこそキャラクターである訳だし。しかし剣盾の物語は絶望的に面白くない。
それはユーザーもよくわかっていて、実際に剣盾のストーリーがまともな人にまともに評価されているのってほとんど見ない。やはり大衆もそこの審美眼はあり、「ストーリーはアレだけど、まあそれは置いといてキバナ最高だよね」みたいなムードが漂っている。


(余談の暴言)
剣盾のストーリーを褒める少数の意見として「大人がちゃんと大人してて良い。年若い主人公が世界の危機を救うという物語に苦しい違和感を覚えていた昔の自分が救われて、成仏した…」みたいな意見が散見されるが、ちゃんちゃらおかしい。お前を救うためのゲームじゃねーんだよ、そのまま成仏してろ。
大人が大人してるっていうのが美点でも、そこに主人公をどう絡めるかが物語の魅せ所だろう。剣盾はずっと主人公が蚊帳の外にいたのに最後にポッと出で良いとこ取りするだけで、そんなのが面白い訳ない。そういう褒め方は進撃の巨人やモブサイコくらいちゃんと描かれた作品のみに適用してほしい。寝言みたいな感想ほざきやがってゲームすんのやめろ。嘘です。


アンチがしたい訳ではないのでそろそろ鬼滅の話に戻るが、要するに鬼滅も剣盾も、物語の投げやり感については消費者も十分気づいていると思うのだ。だいたい大衆の読解力や審美眼が落ちているとか、そんな厭世的な思考回路で作品の評価を分析するべきではない。


では何でこういう物語作品が評価されて売れているのかっていろいろ考えて、正直私もあまり確信を持てる訳ではないのだが、「物語作品における物語の重要度が下がっている」というのがそこそこ大きな理由を占めているんじゃないかと思う。言い換えれば作品の評価が多角化したような。


私としては物語芸術である以上物語の説得力が最重要だと思っているが、強引ながら「売れる作品=芸術的価値が高い作品」と仮に考えた時、その芸術的価値に占める物語の良さの割合はどんどん少なくなり、高評価を得るための必須条件ではなくなってきているのではないか。物語がどのくらい胸を打つか、つまり面白いか、というのは依然重要な視点ではあるが、それ以外でも評価のチェックポイントが増えてきて、割合もじりじりと幅を利かせてきた。キャラの独立した魅力、画面の個性、教育的価値、性的な満足、(私があまり好きじゃない)唯一無二の世界観…。作品はあらゆる角度から評価され、それぞれがどんどん重要性を増し、プラスマイナスの総合評価になっていく。


例えばさっきちょっと触れたチェンソーマンなんかは物語もすごく面白いけど、同時にかな~りフェティッシュでもある。特に女の描写。ジャンプでこれ載せるのか、って驚くくらい蠱惑的で、ニッチな方面への逆張り的アピールがある。そしてそれがあの週刊少年ジャンプでウケているのだ。これは新しい傾向のように思う。


物語芸術なのに物語の価値が低迷していると考えればある意味嘆かわしいかもしれないが、低迷しているというよりは、「一旦無視する」ということを大衆が無意識的にやるようになったようにも思う。それはそれ、これはこれという風に、ドライに仕分けして考える。ポジティブに考えれば種々の要素が個別にちゃんと評価されるようになったとも見れる。
こうした評価体制は最初に述べたような「支払う代償が少ない作品」つまり絵や音楽、小説、映画ではもっと前から始まっていて、それがようやっと漫画やゲームみたいな一段階代償高めのものにも浸食してきたのだと思う。


鬼滅の刃で考えると、この作品の教育的価値ってのは確かに他の漫画より頭ひとつ抜けてる。個々のメッセージが非常に教化的であって、例えば敵である「鬼」という存在にしても、主人公達が彼らを倒すまではひたすら残虐な異形の者なのだが、主人公に追い詰められ最期に息を引き取る時、優しい主人公の瞳に見つめられることで閉じ込めていた自分の悲しい過去を思い出すのだ。そして成仏…みたいなパターンが何度でも繰り返される。
私なんかはこれがもう説教臭くて嘘だらけで本当に嫌なのだが、見方を変えれば性善説にピュアに則った非常に教化的なメッセージでもあるし、最近は特にそういう当たり障りなさが無邪気に歓迎されやすい。従来漫画みたいなカウンターカルチャーでは寧ろ多用を忌避されてきた(そしてワンピース以降少しずつ解禁された)手法だけに、これをマジで一つ覚えみたいに連発するのは漫画としては意外と新しい。道徳の授業みたいなハジけたサイコな道徳性がある。


こういう教化的でポリコレ厳守な点は漫画ファンには酷評されがちだが、一般的にはそんなに憎まれないし歓迎される。子どもに読ませるのに良いという道具的な価値もある。絵本や青い鳥文庫じゃ満足しなくなりもっと刺激的で不真面目なものを読みたいとせがむ子供に対し、次なる教育カリキュラムとして与えるにはうってつけの道徳教材。それなりに残酷描写もあって何より少年漫画の体を成しているのに、その実は説教くさいまでに教育に良い――これが非常に効果的に働いている。教育的価値の高さで言ったら確かにあのワンピースをも遥かにしのいでいるだろう(ワンピースはジェンダー観とかが結構ヤバイし)。
物語の投げやり感に薄々気づいていてもそれはそれとして後腐れなく処理して別の教育的価値、認識的価値に目を向けることができる、そういう人達から人気が出ている筈だ。私含めアンチ側は鬼滅が浅いと言って非難するが、じゃあ鬼滅を深いと思って読んでる人がどれだけいるかって話ですよ。鬼滅人気は漫画ビギナーからの人気、っていう指摘はその点で核心をついている。漫画ファンほど物語の展開ひとつひとつに拘泥していろいろ言いたくなってしまうが、今の売れる漫画の価値としてはそれが全てじゃないということだろう。


あとよく言われてるテンポの早さ。「これダイジェスト版だっけ」と錯覚するほど駆け足で話が進み、いつのまにか敵倒して成長してる。国民の読解力が落ちてるからこういうのがウケてしまう…というよりは、読むのに体力が不要だとか速読できるだとかという点で実利的な魅力がある。こういう本来作品にとって外在的とさえ言える価値も、市場においては純粋な武器になる。(少し思うのが、この頃は作品の内在的価値と外在的価値の区別が曖昧になり、一緒くたで捉えられることが増えている気もする)


結論としては漫画含めた物語作品における物語の重要性が下がりつつあり、別の価値も大きく評価されるようになってきた中で、鬼滅の刃はその教育的価値とメディアミックスでの新規取り込み等々の他の要素が絡まり合って爆発的人気を獲得したのではないか、ということです。(にしてもまだ違和感が残るが…)


…とはいえ漫画ファンがここまで反発を持つ漫画が売り上げ1位ってのはどうなんだろう。でも漫画ファンはそういう事実にも気持ちよくなれる人種だと思うから別に問題ないかもね。