取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

『ヒストリエ』12巻の感想と想像

今後の展開に関する推測も含む。

待ちに待った12巻は一点の隙もない素晴らしい内容だった。
不満があるとすればもはや完結の望みがほぼ絶たれてしまったということだが、12巻までで提示された数々の言葉や情報から、恐らくヒストリエの目指す着地点というべきか、今後の具体的な展開が一部の読者にはある程度類推できるようになっている。ただ私の感覚ではそれら全てが現在までと同じペースで丁寧に描かれるとなると少なく見積もっても全30巻くらいにならざるを得ないように思われるので、岩明均の年齢と容態を考えると、やはり完結はほとんど不可能だという確信が強まるのみだ。人生を賭けてもいいくらいにこの漫画が好きな私にとってこのことは名状しがたく残念だが、それを言っても仕方がないので、とりあえず12巻の感想と、踏まえて想像できること、連想されたことをつらつら吐き出しておこう。

■心の座

11巻から12巻の前半まではパウサニアスに焦点があてられる。史実におけるパウサニアスはもちろんフィリッポス2世暗殺の実行犯だが、その理由は同性愛のもつれにあるとされてきた。一番詳しく伝わっている話だと、パウサニアスはフィリッポスの親衛兵のひとりとして寵愛を受け愛人関係にあったが、もう一人同名のパウサニアスという男もフィリッポスの愛人で、二人のパウサニアスはフィリッポスを巡り険悪な状況にあった。そうした諍いの中でもう一人のパウサニアスは自死してしまう。そこで死んだパウサニアスの友人だったアッタロス(ヒストリエにおける「アッタロスさん」)は、友の復讐としてパウサニアスに暴漢をけしかけて凌辱させる。屈辱を受けたパウサニアスは、暴行を仕向けたアッタロス、そして自分を守るどころかアッタロスの姪エウリュディケと結婚したフィリッポスを恨み、犯行に至ったという。
同性愛の恨みを発端とした王殺害というのは当時珍しいことではないので、この通説が殊更疑わしい訳でもないが、暗殺が唐突だったこと、またそれによって最も大きな利益を被ったのが明らかにオリュンピアスとアレクサンドロスの2人であったことから、この暗殺劇と母子の関与を疑う声も根強い。真相は不明だが、ヒストリエでは通説において感情的な同性愛者としか描写されないパウサニアスを「心が無い」朴念仁、しかもアレクサンドロスと瓜二つの容姿を持つという大胆な設定で生い立ちから丁寧に創作している。一方で、美貌ゆえに男色家から体を要求されてきたというエピソードを仕込み、同性愛の要素もしっかり回収していて抜かりない。


パウサニアスの話は正直私も何でアレクサンドロスと顔同じにしたのかとかあんまり理解しきれていないのだが、11巻~12巻は「心の座」という問題を大きなキーワードとして、パウサニアスの出生からオリュンピアスとの接近、フィリッポス暗殺そして復活までの流れを見事に描き切っている。
マケドニアに敗北したオレスティス出身のパウサニアスは、幼い頃より「奴は自分の夢俺に背負わせて心ごまかしているのさ」な兄*1から、故郷オレスティスを奪ったフィリッポスを殺す、という役目を勝手に委ねられ、就労の口添えをしてくれた男色家かつ小児性愛者の地方豪族に体を遊ばれながら護衛兵の身分を手に入れる。しかし曲がりなりにも自身に役目を与えてくれた兄が死んだことで彼の心は更に空洞化し、この世への引っかかりは自身がフィリッポスの護衛中に仕留めそこなった獅子の歪な顔のみとなる。

7巻pp.102-103

心はどこにあるのか、という質問に対してエウメネスとパウサニアスは「脳(あたま)」と答えている一方で、アレクサンドロスは「心臓(むね)」と断言しており、漫画内でも触れらている通り知の巨人アリストテレスも実際に人間の心は心臓にあると考えていた。多分この「心」はギリシア語のプシュケーのことで、現代では「心」のほかに「霊魂」「魂」「命」などと訳されており、アリストテレスの著作『プシュケーについて』もいろいろ訳書が出ている。難しそう過ぎて私は読めていないが、ヒストリエに倣ってここでは「プシュケー=心」とすると、この本においてアリストテレスは「心と体は一体であり切り離すことはできず、心は体を司る存在であるから、体の全ての血液循環の起点となる心臓こそ心の座である筈だ」みたいなことを言っているらしい。現代医学においての心のありかの正解は言うまでもなく脳なのだが、自分の心に連動して心臓の拍動が変化する感覚は誰もが経験したことがある筈で、心の座を心臓と捉える感覚は今の我々にも直観的に理解できる。ドクンッと唸る心臓の音を強調する描写は7巻から登場し、その後重要性を増して繰り返し描写されていくので、岩明均は明らかにこのアリストテレスの心臓の説に触れており、あるいは本の訳書を多少なり読んだ上で、心の座というテーマをヒストリエに持ち込んでいるだろう。

7巻P.189

オリュンピアスからフィリッポス暗殺という新たな役目を与えられたパウサニアスは、フィリッポスを殺された悲しみと怒りに燃えるアレクサンドロスの表情にかつての獅子の顔を見出し、自身がこの世に生まれてきた意味を理解する。ライオンの顔は予兆に過ぎず、フィリッポス暗殺は手段に過ぎない。つまりパウサニアスはライオンの顔をした男もとい「アレクサンドロス大王」をこの世に生み出し祝福するために生まれてきたのだ。アレクサンドロスが獅子に喩えられる通例は依然のブログ記事で書いた通りだが、フィリッポスを殺そうと襲い掛かる獅子にパウサニアスが立ちはだかり、フィリッポスを守ることには成功するものの自身の顔に大きな傷を負わされた事件は、パウサニアスの役目と運命を予告するモチーフだった。そして12巻の暗殺において、アレクサンドロスに体を真っ二つにされてもパウサニアスの心臓は歓びで拍動し、心の座が証明されて彼は死ぬ。
パウサニアスは私もかなり好きな登場人物で、幕引きまで見事に描かれているが、最後にオリュンピアスらしき人物によって心臓を切断され持ち帰られていることが今後どう響いてくるのかはまだわからない。ただのコレクションになるだけかもしれないが、何かに繋がりそうな気もする。
一方でパウサニアスが残したもう一つの心臓がある。パウサニアスはフィリッポス暗殺に成功するが、オリュンピアスたっての希望である顔への一太刀を優先した結果、心臓への一撃は僅かに外していた。

■フィリッポスを踏み越える

フィリッポス2世の死亡シーンは12巻の描写の中でも最も傑出した素晴らしい場面である。
父親の死に駆け寄り嘆き悲しむアレクサンドロスに対し、フィリッポスがこれまで表に出さず、自身でも測りかねていたアレクサンドロスへの歪な憎しみと嫉妬が最期の最期で明かされる。冷静で透徹した王たるフィリッポスは、アレクサンドロスがオリュンピアスの托卵による子どもだと気付きつつも、アレクサンドロス自身に罪はなく、アレクサンドロスの類稀な才能がマケドニアを牽引するであろうことを客観的に認め、申し分のない次期後継者として正当に扱うことのできる狡猾で理性的な男だ。巧みな戦術と外交戦略、また人材登用にもそれが現れており、反動として、歪な人間を厭う。アレクサンドロスの屈折の化身たるヘファイスティオンを遠ざけ、理知的なエウメネスをめっぽう気に入るといった具合に。
しかしそのような理性的なフィリッポスこそ最も歪な心を持っていることを妻オリュンピアスは見抜いており、だからこそ警戒していた。つまり心の底の底の方、自身までをも騙し切ろうとする程に隠していた心奥では、自分の息子ではないアレクサンドロスを許しがたく憎んでおり、こいつごときに王位を譲ってなるものかと藻掻いていたのだ。

12巻PP.51-52

思い返せばフィリッポスは、第3王妃フィリンナとの息子であるアリダイオスには第5巻でエウメネスにわざわざ遊び道具を作らせたりなど、子煩悩な面を見せていた。ヒストリエでは明言はされていないが、アリダイオスは知的障害を持っていたと言われており、それゆえ男子でありながら王位継承からは実質的に外されていた*2。彼がヒストリエに比較的序盤から出てくるのは、ヒストリエエウメネスを主人公にしているからにはディアドコイ戦争を描き切る構想がある筈であり*3、アリダイオスはディアドコイ戦争すなわちアレクサンドロス死後に王位継承者として重要な存在になるからだと思っていたが、アレクサンドロスとアリダイオスという2人の息子に対するフィリッポスの扱いの差を示すためでもあったのだと、12巻を読んでから改めて気づいた。知的障害ゆえに王位の後継者として見ることができないアリダイオスでさえフィリッポスは慈しんでいたが、アレクサンドロスへの態度にはそうした温かさを見せず明らかに距離を取り、王たる威厳を以て戦術の教育にあたっている。この待遇の差はアレクサンドロスが王子であると同時に比類ない王位継承者であるため、王を育てるという厳しい意識で接しているのに比べて、アリダイオスにはその資質がなく単なる子どもだから逆に甘く優しくなれるのだとだと自然に読むことができたが、実際にはそれに加えて、アレクサンドロスは他人の子だが、アリダイオスは紛れもない自身の子どもだからに違いない。それ以外にも、サイコ要素の強いアレクサンドロスの性格は単純にフィリッポス苦手そう、という説得力もある。
アレクサンドロスが申し分なく成長し、誰もが王位後継者として接するようになったまさにその時に突如としてフィリッポスが本国の有力貴族アッタロス家からエウリュディケを娶ったことは、アレクサンドロスのいち早い即位を望み、かつフィリッポスの本心を警戒していたオリュンピアスにとって間違いなく脅威であった。フィリッポス自身もエウリュディケとの正当な息子が王に相応しく成長したら、本当はアレクサンドロスではなく彼を自分の後に据えたいと思っていた筈で、子どもに自分と同じ名前をつけていることからもわかりやすく見て取れる。上のページでは表向き「自分やアレクサンドロスにもしものことがあった場合のバーター」程度に伝えているが、内心ではやはりこの子どもの即位をどこかで期待していただろう。
死の間際、オリュンピアスの陰謀を全て理解したフィリッポスの中で、この母子への憎悪が決壊する。オリュンピアスのシナリオ通りにアレクサンドロスが自身の王位を継承するなど屈辱に他ならなかった。

5巻P.209

ヒストリエにおけるアレクサンドロスは父フィリッポス2世を純粋に尊敬しているが、史実のアレクサンドロス大王はしばしば父との確執を取り上げられており、フィリッポスとの仲は万事良好と断言できるものではなかった、少なくとも後年は関係が悪化したようだ。
そもそも王と王子という関係は、歴然とした上下関係がありながら、常にその破壊―王子は王が死ななければ王になれない―が教唆される歪な含みを持っており、それゆえに両者には緊張が走る。今でこそアレクサンドロスの陰に隠れているが、フィリッポス2世というのは古代ギリシア世界に燦然と輝く名将であって、彼が築き上げた軍隊をそのまま引き継いだ史実のアレクサンドロスも、終生父親の業績を意識していたらしい。
ヒストリエにおいてアレクサンドロスは、実の父親を幼少期に既に物理的に踏み越えている。実の父親はオュンピアスに直接殺害され、育ての父親はオリュンピアスの謀略によって殺されているので、アレクサンドロスは2人の父親を母によって殺されている訳だ。そして今、フィリッポスの死亡により王となったアレクサンドロスがいかにしてフィリッポスを超えていくかが問われようとしている。
 

■今後の展開

12巻を踏まえた感触として、岩明均は主に『プルタルコス英雄伝』のエウメネスアレクサンドロスの章を下地にし、そこに大胆な創作を加えつつも、「ヒストリエで描かれる内容が真実だとして、それが現在の史実のように伝えられてもおかしくない」ような整合性を念頭に置いて筋書を練っているように感じた。また特に日本のアレクサンドロス研究の泰斗である森谷公俊の『アレクサンドロスの征服と神話』等はかなり詳細に参照されていることが窺える*4
そして、今まで私は史実上のエウメネスの人生から考えて、てっきりヒストリエという物語における二番手はアレクサンドロス大王だと思い込んでいたが、12巻を読むと、恐らくヒストリエにおけるアレクサンドロス大王は物語の軸を作る存在であるものの、エウメネスにとっては終始、父フィリッポスの方がより自身の生き方を左右する人物であり続け、物語における重要度としてもフィリッポスが二番手と見て良いだろう、と認識を改めた。
あとこれはメタ的な話だが、岩明均の癖というか作風として重要なキャラほど序盤に出しているようだから、アリストテレスも私が思っていたよりずっと主要な人物であるようだ。アリストテレスヒストリエの登場人物の中でもアレクサンドロス大王に並ぶ程、むしろアレクサンドロス以上だと言う人もいるような突出した知名度を持つ偉人であって、私も学生時代その難解さに苦しめられながら『詩学』『ニコマコス倫理学』の字面を追ったりし、今は何も覚えていないが、ことヒストリエにおいては「親マケドニアの有名な先生」程度の位置づけかと思っていた。だがアリストテレスはそもそも第一話から、しかもカリステネスという東方遠征の従軍歴史家と一緒に登場していた訳だし、12巻ではフィリッポスの蘇生という重大な出来事を引き起こす。蘇生手術に同席しているアルケノルという男については特にモデルもいないみたいで、私もこの男がどういう目的で組み込まれたのか皆目見当がつかないが、アリストテレスと同様にこの後も折に触れて出てくるだろう。
アリストテレスによって再び心臓が動き始めたフィリッポスは、流石に多くの読者の想像通り、アンティゴノスとして新たに登場すると見て間違いない。史実上のアンティゴノスはフィリッポスの同年代で、フィリッポスと同じく隻眼。加えてエウメネスと親しく、ディアドコイ戦争でも二人は密に関わり合う。先ほどフィリッポスがヒストリエの二番手だと書いたのはこのためだ。
そして、エウリュディケが死の間際に「王になる」と予言した子フィリッポス*5は、作劇上必ず王になる。このことと親フィリッポスがアンティゴノスであることを踏まえて考えると、子フィリッポスはアンティゴノスの子で、アレクサンドロス死後にアンティゴノス朝マケドニアの2代目の王となるデメトリオスに当たるだろう。子フィリッポスの資質を測る期間として親フィリッポスが提示した「14年」は、アレクサンドロスの死期すなわちディアドコイ戦争の始まりにほぼ一致する。そしてこのデメトリオスを守ることに生涯を捧げることになったエウメネスの物語がこれから始まる訳だから、ヒストリエというのは壮大なテーマと遠大な東方遠征を掲げつつも、最終的にはエウメネス書記官の話、マケドニアの話に落とし込まれる構想だろう…と私は想像した。
私は12巻で一気にフィリッポスが好きになったし、フィリッポス生存ルートというのは古代マケドニア史をかじった人間なら誰しも夢に描く浪漫であるので、ヒストリエの連載が続く限り、今後のアンティゴノスとアレクサンドロスの関係はじめ、どう描かれるかが楽しみだ。エウメネスの話であるといっても、それこそ1話で蛇とかバルシネ*6とか出しているのだから、エウメネスは間違いなくアレクサンドロスの東方遠征に従軍する筈で、私はそこが早く読みたくて辛抱堪らない状態なのである。



ところで私はヒストリエを離れたところでもアレクサンドロス大王個人に興味があり、いろいろ本を読んでみたり思いを馳せてみたりしており、アレクサンドロス大王を自分自身でも満足いくまで描いてみたいという野望があるので、どうしてもアレクサンドロス大王基準で考えてしまうのだと思うが、そのような私からしてみれば、どうもヒストリエは、史実から想像されるアレクサンドロス像をエウメネスアレクサンドロスの2人に割り振っているように感じられてならない。具体的には現代に通ずる理性的な策略家の部分をエウメネスに、神話世界に近い狂気的な英雄の部分をアレクサンドロスに、といった塩梅である。この二人の対比については数年前の記事で散々書いたので省略するが、なぜエウメネスアレクサンドロス像を感じるかと言うと、ヒストリエエウメネスには未踏の地への探求心が常にあり、その探求心こそ私がアレクサンドロス大王像に惹かれる核の部分だからだ。

疑問の答えを探る旅に出てみたい……ヘロドトスよりもずっと遠く 地平線の先の先 世界の果てまで征ってみる__(『ヒストリエ』5巻P.32)

幼いエウメネスが寝床でカロンに語り掛けるこの台詞は、読んでいる自分まで遥か彼方へ旅に出たくなる本当に良い台詞だ。
アレクサンドロスの東方遠征の動機についてはもちろん種々の政治的企図があり個人の人格に全てを回収することはできやしないが、明らかに必要以上に無理やり進軍している遠征経路を俯瞰すると、アレクサンドロス大王個人の桁外れの探求心・征服欲が一貫して行軍を支えていたのではないかと、誰でも考える。川があるなら渡りたいし、山があるなら超えて行きたい、この先に何があるのか知りたい――。そういう誰しも抱く感情を抱き、ただし抱いたままに実現していく、その嘘みたいな行動力が私には広大無辺なメタファーのように感じられた。
別にこうした歴史人物に限らず、スポーツ選手でもアイドルでも何でもそうだが、人が「手の届かない人」にハマる心理というのは、その人が何か自分の人生にとって代えがたく重要なメッセージを発しているように直観するからだ。人間の直観なんて当てにならないが。とにかく私には、アレクサンドロス大王という人物が示す「戻ることを考えず、行けるとこまで行ってみる」というメッセージが、強烈にかっこよく崇高に感じられる訳である。
ヒストリエでは私はエウメネスアレクサンドロスも独立した人物として大好きだが、今後始まるであろう遠征に関しては、エウメネスが旅の動機のうち探求心を、アレクサンドロスが征服欲を象徴するような振り分けを担っていくのではないかな。

12巻PP.204-205

12巻終わりの方ではこんな台詞がいきなり挿入され、この後、殺された女児エウロパの元へと旅立ったエウリュディケの遺体を抱きながら「いつか旅へ……」というエウメネスのモノローグが入ったところで12巻が結びを迎える。いつかなんて言わずできるだけ早めに、ASAPで旅に出てほしいところだが、岩明均の状況を思うとなかなか難しいだろう。期待はしつつ気長に待つしかない。とにかく12巻は素晴らしかった。展開は言わずもがなコマ割りや表情、画面の作り方すべて他の漫画と同日の論ではない。12巻の発売に伴い紙媒体の既刊も再版されたようで良いことだ。この作品に出会えたことに私は心から感謝している。


*参考文献
新訳 アレクサンドロス大王伝(2017,森谷公俊訳,河出書房新社)※原典は『プルタルコス英雄伝』
英雄伝4(2015,城江良和訳,京都大学学術出版会)
※原典は『プルタルコス英雄伝』。4にエウメネス、5にアレクサンドロスが収録されている
アレクサンドロス大王の野望(2007,ニック=マカーティ,原書房
興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話(2016,森谷公俊,講談社学術文庫
アレクサンドロスとオリュンピアス(2012,森谷公俊,ちくま学芸文庫
図説 アレクサンドロス大王(2013,森谷公俊,河出書房新社
よみがえる天才4 アレクサンドロス大王(2020,澤田典子,筑摩書房

ちなみに、もしヒストリエをきっかけにアレクサンドロス時代に関心を抱いたという方には特に『興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話』または『よみがえる天才4 アレクサンドロス大王』が私のおすすめだ。

*1:浜田省吾『MONEY』

*2:オリュンピアスが彼の幼い頃に毒を盛って知的障害にしたという説もあるが、それは悪意ある創作である。いずれにせよ第4王妃であるオリュンピアスとその息子アレクサンドロスは、第3王妃の息子であるアリダイオスを王位継承のライバルにすらならないとみなしていた

*3:パルメニオンよりアンティパトロス、フィロータスよりペルディッカスなど、人物描写の多さの比重を見てもそれは明らか。

*4:森谷公俊『アレクサンドロスとオリュンピアス』の帯は岩明均であり、2人は連絡を取っていておかしくない

*5:実際のフィリッポスとエウリュディケの間に生まれた男児はカラノスという名前で、生後すぐに殺されたことになっているが、ヒストリエでは改変されている。

*6:史実ではアレクサンドロスの妾でエウメネスの妻の姉だが、最近私は彼女の妹ではなく彼女自身がエウメネスと恋仲になると想像している