取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

ONE PIECEについて思うこと

 もはや第何次だかわからない世間のONE PIECEブームに乗っかって、私もこの7-8月、ジャンププラスの期間限定全話無料公開*1ONE PIECEを読み直していた。何と言ってもONE PIECE直撃世代なので昔はリアルタイムで追いかけており、特にアラバスタ編あたりまで(~25巻)は単行本の紙が擦り減る程に繰り返し読んでいたのだが、次第に読むのが厳しくなり魚人島編で脱落してしまっていたため、今回改めてその辺までの再読と、その後無料期間終了までに何とかドレスローザ編までは読んだ。いやーまさかトミトミの実の能力者になれば富、名声、力すべて手に入れてひとつなぎの大秘宝も難なくGETできちゃうとはね(嘘)。
 流石に話題の新作映画は見ていないが、再読を通して改めてONE PIECEへの複雑な感情が湧き上がって止まらなくなってきている。以下、とりとめのない所感。



*空島編、面白い
 過小評価されがちな空島編の魅力に気づいた。確かに前編のアラバスタと比較すると総合的には若干落ちるのだが、物語の起承転結の完成度は全編を通しても最高レベルにある。それにとにかく章ボスのエネルが良いね。エネルが際立っている分、他の敵キャラが空虚すぎるのが問題と言えば問題なんだけど。ふざけた見た目なのにクールを漂わせる絶妙なキャラデザといい、不測の事態でもすぐに立て直す理知的な貪欲さといい、最後に月を目指していく野心といい、悪役が型落ちしないのは今にない清々しい展開。


*ウォーターセブン編からの致命的なダルさ
 逆に、人気エピソードであるウォーターセブン編は今のワンピースの悪い部分が噴出した元凶のような悪しきターニングポイントであると確信した。ウォーターセブンという街の描写やウソップとの決闘、ブルーノ戦でのギア初登場のあたりは素晴らしかったのだが。
 例えば海列車出発とアクア・ラグナ襲来が同時並行する切迫した状況なのに、なぜかルフィとゾロが煙突とかに挟まったことで展開が暫く硬直するあたりは、シリアスなシーンに何の脈絡もない極端な変顔や間抜けな展開を無理やりインサートするという悪い癖の走りだと思う*2。魚人島でサンジが人魚見て鼻血出したことが原因で居所がバレたりするやつとか本当いい加減にしろって思ったよね。俺は読者の想像を超えてここまでやっちゃうぜみたいなしょうもない逆張り精神が透けて見えてムカつくんですわ。
 解説モブや共闘連発もこのあたりから酷くなったし、あと何と言っても「仲間」「友達」のゴリ押しが始まったのもここからだよね。アラバスタでも「仲間の絆」描写への傾倒はあったが、実際に麦わらの一味が仲間のために起こした行動は客観的に見てもほぼ世直し的な善行として帰結していたため、読んでいても大義を感じて肯定することが出来た。しかしウォーターセブンからは一味の行動が明確に独善的になる。それまで何だかんだ漫画としてはピースメインとして描かれていくんだろうなと思っていた麦わらの一味が、仲間1人のために世界政府の旗を打ち抜いて完全に反社会的組織と化していく。「生きたいと言え!」じゃないんだよってね。美談じみて描かれているし義賊と言えば聞こえはいいけど、やっていることは仲間1人の奪還のために大勢の無関係な人間を危険に曝し、巨大な行政にアブラトラクトな喧嘩売るだけ売ってそそくさ退散したって話でしょ。ミステリアスクールビューティーキャラだったロビンも何か号泣しながら「生きたい!」とか叫んでおり、昔はこれ何とも思わなかったけど、ロビンと同じ28歳になった今読むと「ガキじゃん」と恥ずかしくなった。あとメリー号が燃えるとかも何の感動も起こらないし*3
 やっぱりウォーターセブン編からエピソードごとの根底のテーマ(思想・問題提起)が無くなり*4、仲間の奪還とか海賊王への順路みたいな、最終章から逆算した大局的な動きが目立つようになってしまったのがダルさの元なのではないかと思う。


*海賊、早く捕まってほしい
 エニエスロビーでの宣戦布告に端を発して、どんどんルフィ達が嫌いになる。エースとかいう時代の敗北者の兄を助けるために、インペルダウンの囚人達を大量に開放したのは擁護のしようのない悪行で、ここで一気にルフィが嫌いになる訳だが、更に2年後からは一味全員がこういうマインドに染まっていくため漏れなく一味全員薄っすら嫌いになり、以降どんどん下降してこれ以上もう嫌いになりようがないところまで落ちたかと思えば、その後ドレスローザ編ではピーカ(大男だが声の高い敵)の声の高さをルフィが「声高え~!!」と大嗤いする最悪なシーンに遭遇する。あれを読んだ時はマジでこいつ早く海軍に捕まって幽閉されてほしいと心底軽蔑した。何が友達だよ悪党の集まりのくせに。海で一番自由って海で一番無神経ってこと?
 そんな訳だから反比例してどんどん海軍のキャラの方に肩入れせざるを得ない。私のONE PIECEの好きなキャラはほぼ海軍なのだ。ベルメールさんもスモーカーもたしぎもマゼランもセンゴクもカクも好きだし、2年前の大将3人も全員かなり好きだ。藤虎も良いじゃんと思ったけど、ドレスローザの終わりあたりでルフィに対して「自分の目潰さなきゃ良かったな、あんたの顔見てみたいから…」などという乙女チックな妄言を突然のたまい出したのでそこは微妙だ*5
 一方で、ルフィ達をこんなに美化しておきながら、漫画的には敵である筈の海軍の正義感や美徳にも依然きっちりページを割いて魅力的に描いている尾田栄一郎のバランス感覚には、一種の恐怖を覚える。仲間とか友達とかいうバカみたいな刹那的・義賊的価値観を前面で祭りあげ、わかりやすい単純な台詞や深みの欠片もない記号的なハイテンションキャラを量産する癖*6はどんどん悪化しているのに、定期的に差し挟まれる世界情勢描写には相変わらずゾッとするほどシビアかつ高度な風刺や社会批評が認められるし、一味と関係の遠い端役や大物キャラクター達の台詞回しは時々舌を巻く程クレバーで上手いのである*7。海を軸とした厖大で独創的な世界観の広がりや奴隷制含む階級制度、政府内部の軋轢、懸賞金システムの画期性、用語の命名センスなども化け物みたいに見事でそのあたりの上手さや真剣さには全面的に信頼が置ける。だからこんなに文句を言いながらも食らいついて読んでしまう。
 この落差は何なのだというのが一番怖い。こんなに1つの作品を長く連載してるのに、作家の本質がどちらにあるのか未だに全く読めないのだ。狂人としか言いようがない。


*リーダーシップと組織の描写の卓越性
 ONE PIECEを再読した中で最も出色だと感じた点がこれだ。ONE PIECEにはそれはもう多種多様な海賊団や国家組織、政府組織が登場するのだが、このそれぞれの組織の内部構成や組織を跨ぐ関係性の洞察が異常に上手い。尾田栄一郎って若い時から漫画家一筋なんだろうに、どうしてこんなに組織の描き分けにリアリティーがあるのか謎だ。
 例えば麦わらの一味は典型的な義賊? として描かれており、ゾロとウソップを除く一味全員がやたら苛酷な過去を抱えた少数精鋭のキズ物集団であって、それゆえに互いの過去に干渉しない対等な関係の中でも異様な結束力を持ち、その時々の状況に応じて信念なく気ままに動く。要するにろくでもない集団な訳だが、まあそういう好き嫌いは置いておいて、私が言いたいのはつまり麦わらの一味の「集団としての特性」が、組織の成り立ちや構成員の基準、組織の序列、トップの人柄その他もろもろの要素から、説得力を以て複合的に示されているということ──組織の特性がただポンと提示されるのではなく、その特性を獲得するに至った具体的な背景も同時に見せてくること──であり、ONE PIECEはそういう背景描写が非常に巧みだなと思う*8。他の海賊団もそれぞれ特性が異なり、白ひげ海賊団は完全に任侠の世界だし*9、黒ひげ海賊団は清々しく下品で悪辣、他あらゆる海賊団や会社、諸法人が特有の集団的個性を持っている。
 中でも海軍ひいては世界政府という組織については、巨大な組織内部の対立や腐敗、権力の流動と、その混沌の中でもなお共有している正義の信念の描き方が卓越してると思うな。私が海軍好きっていうのも大きいのだろうが、それでもやっぱり他作品でこの規模の図体を持った架空の組織がこれだけ細部に渡りリアリティーを持っているってのは、まず見たことが無い。
 赤犬は良い例だ。主人公の兄エースを殺した現海軍元帥、というわかりやすい憎まれ役であるが、他方で、一個人として見ると確固たる信念を以て組織のために駆けずり回る仕事熱心な頑張り屋さんでもある*10。「悪は可能性から根絶やしにせねばならん」とか「人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし!」という心に響く名言を残した人物で、客観的にはどう考えても現場で輝くコマとしての適性が高いが、そういう人物が中盤から海軍のトップに立ってややこしい上層部(政府)の権力勾配と鬱陶しい隠居老人や我が道を行きまくる部下との間でヤキモキと苦労しているというのが本当に良いよね。こういうところに意外なくらいの深みとリアリティーを出して来るのがONE PIECEの唯一無二の魅力だと再認識した。海軍は全体としては志が高くて好きなのだが、管理の及ばない末端はしっかり腐敗していたり、トップはトップで当たり前のように次期元帥を選挙ではなく決闘で決めているという迫真の事実があったりして多様性がありそこが面白い。



 ……ONE PIECEには複雑な感情があるが、もう暫くで終わるらしいからドレスローザ以降もいずれどこかで読まねばならない。見届けるのが楽しみだ。何だかんだで「人は”心”だろうが‼‼」(21巻)という平成最高の名言が飛び出した歴史的大傑作でもある。たまに夜寝る前にONE PIECE考察まとめを読み始め、気づいたら朝になってることありますもんね。

*1:全話ではないが。

*2:まあ、こういうのはもっと前のアーロン編で「戦闘中にルフィの足が地面に埋まって身動き取れなくなる」とかでもやっていた作劇だが、あの時はちゃんと緊張感と両立させていた。…このようにONE PIECEは作風自体は初期から極めて一貫していることが再読するとよくわかるのだが、それの悪い部分が噴出したのがウォーターセブンという話。

*3:鬼滅の刃』の煉獄が死ぬシーンで泣く人とか見ても思うのだが、一般大衆というのは本当にこんなにすぐ舞台装置的な弔いに感情を誘導されるものだろうか? 俄かに信じがたい。

*4:異論はあると思うが、私はアラバスタ編のキーワードはコブラの「国とは人」だと思っているし、空島編のキーワードはワイパーの「大地は負けない!」だと思っている。

*5:ただこれはルフィ擁護がダメと言うより、ストーリー都合で強制退場するための突然の妄言であることが分かりやすすぎるのがいけない。

*6:もはやパーティーゲームならぬパーティー漫画になっている。キャラは無限に再利用され、有終の美という観念が無い。

*7:黒ひげの台詞とか全部格好いい

*8:知り合いはこれに対して「何もかもに意味を持たせてくるのがダルい」と言っていた。それも確かに。

*9:船員に自分をオヤジと呼ばせるキモすぎる船長

*10:話は逸れるが、一般的に主人公よりも悪役の方が努力家であり、仕事もできるし周囲とコミュニケーションも取るし、自身の信念も明文化できるくらいに自覚・整理している。だから私は多くの漫画で適役の方に情が湧くのかもしれない。