本の装丁買いとか表紙買いってしないけど、タイトル買いはたまーにする。
そこでちょっと気が向いたので、自分が思う「タイトルが魅力ある小説」を挙げてみた。既に出尽くされている話題と思うが、超有名どころはある程度避けて自分の趣味の中で、以下のパターンに分けていくつか選んでみたい。とにかくタイトル基準で選んでるので、そもそも読んでない本も結構あり、大した解説はできませんが。
受動態
日本語ゆえの感覚かもしれないけど、受動態って格調高くて良い。ちょっと格好がつかない時とかに言い回しを受動態に変えることで事なきを得ることもある。
『複製された男』ジョゼ=サラマーゴ
ポルトガルのノーベル賞作家。「固めの言葉+された男」という表現の万能なかっこよさにこれで気づいた。「~する男」だと最近はネットスラング感が出るけど、「~された男」はまだそういう罠に嵌っていないので何の既視感も後ろめたさもなくかっこいい。
『接続された女』ジェイムズ=ティプトリー=Jr
アメリカの女流SF作家。こっちは女パターン。女の場合は固めの言葉と女性のしなやかさとの間のギャップが強調される。同作家は『たったひとつの冴えたやり方』『愛はさだめ、さだめは死』が有名で、そっちもかっこいい。
『書き換えられた聖書』バート・D・アーマン
最近の専門書だけどこれはタイトル買いした。そして専門書だからなかなか食指が動かず積読している。読まなければいけない。
『ビラヴド』トニ=モリスン
アメリカ黒人文学の泰斗。ノーベル賞作家で最近亡くなったばかり。原題はもちろん"Beloved"。シンプルかつ具体的な強い言葉で、見た瞬間にガンと心を奪われる。『ビー ラヴド』じゃなくて『ビラヴド』なのが最高に良い。ずっと前から読みたいんだけど絶版で、Amazonでもかなり高騰している。
文章
タイトルが一文になっているパターン。最近は漫画やアニメに特に多いが、その源泉は小説にある。ロマンチックなのでオタク趣味と合致するのだと思う。
『彼らの目は神を見ていた』ゾラ=ニール=ハーストン
こちらもアメリカ黒人女性作家。タイトル見ただけで眼球のアップが脳裏に浮かぶ。
『頼むから静かにしてくれ』レイモンド=カーヴァー
アメリカ作家で短編の名手。命令形のタイトルで、いや何があったんだよ、と思わせる。カーヴァーファンの村上春樹が翻訳を担当。村上春樹の訳って読みやすくていいんだけど、村上春樹色が強いから賛否はある。
『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川俊太郎
詩集のタイトル。日本人だからか、夜中の台所の情景がすっと浮かんでくる。配偶者なのか家族なのか恋人なのか、姿を認めて一人躊躇う心情もよくわかる。
『惜みなく愛は奪う』有島武郎
この書名を初めて知った時は電撃が走った。有島武郎は好きな作家で、悩み多くも端的な表現が特徴的と思うが、それがタイトルにもよく現れている。『生まれ出づる悩み』とか。愛する者は絶対に奪っているが、愛された者は不思議なことに何も奪われない、という鋭い洞察を語っており、隅から隅まで一言一句仰る通り、としか言えない本。
組み合わせの意表
一見結びつかない単語を並べるギャップ、そしてその奥にある関連を想像させてドキッとさせる。要は物語のキーワードを並べるだけなので作り手としては一番真似しやすいが、作品のテーマ性と説得力が前提にある。
『正義と微笑』太宰治
『パンドラの匣』に収録されている短編。私としては太宰治の中で一番かっこいいタイトルだと思う。正義の人って基本いつも憤って怒っているので、微笑とは正直結びつかない。むしろ悪と微笑の方が自然。でもそこで正義と微笑を並べるのが意表をつかれて興味をそそる。
『利己的な遺伝子』リチャード=ドーキンス
生物学・社会科学の本だけど、まあかっこいいよね。この前40周年記念で真っ赤の装丁になってこれもかっこいい。
『孤独の発明』ポール=オースター
存命のアメリカ詩人だが、これは詩ではなく父の回想録。「発明しちゃったん?」って訝しくなる。
『銃・病原菌・鉄』ジャレド=ダイアモンド
積読本。進化生物学者・地理学者の一般向け歴史(?)書。単語自体はそこまで結びつかないものじゃないけど、個々の語がめちゃくちゃ重いのにそれをこうも矢継ぎ早に殴打のように並び立てられると動転する。かっこいい。
『イグアナの娘』萩尾望都
漫画だけどタイトル含め大好きなので特別枠で入れた。「イグアナの娘」は主人公であり、つまり「イグアナ」は母を指す。確執とまでも呼べない母娘の微妙で唯一の関係をイグアナモチーフに描いている。
数字を混ぜ込む
人間とは馬鹿で不思議なもので、なぜか数字を出されると良さを感じてしまう。具体的なものを提示されると満足するようにできているのか。
『キャッチ=22』ジョーゼフ=ヘラー
これも未読。例によってアメリカ作家。戦争の狂気をSFで描いた作品らしく、大学の授業でちょっとかじってタイトルのかっこよさに衝撃を受けた。
『十九歳のジェイコブ』中上健次
癖が強くてジャズ臭むんむんなので正直私は好みじゃないが、それでもタイトルは光っている。日本人作家で舞台も現代なのに、「ジェイコブ」を主人公にする感性は独特。
『風と光と二十の私と』坂口安吾
これは逆に、好きすぎてタイトルまで良く感じてしまっているパターンかもしれない。二十の時に教師もどきの仕事をしていた坂口安吾の自伝的小説で、若者の青々しい葛藤がタイトルにもよく表れている。
造語の勝負
その言葉、なに? でも妙に癖になる、そんな新語を開発しちゃっているタイプ。遊び心と少年性がないとできない。
『水中都市・デンドロカカリヤ』安部公房
意味不明だがかっこいい。水中都市の時点でまず少年心がくすぐられるが、都市の名称をデンドロカカリヤと名付けるところに鮮烈に男を感じる。
『ドグラ=マグラ』夢野久作
これも中身はそんなに好みって訳じゃないけどタイトルが良い。カタカナ濁音。
ほか
細かく類型化しようとすればもっと枝分かれがあるが、後は私の好きな他のタイトルを挙げておく。
『人みな眠りて』カート=ヴォネガット=ジュニア
『コレラの時代の愛』ガルシア=マルケス
コロンビアのノーベル賞作家。同作家の『百年の孤独』は大学時代に読んだ小説で一番面白かった。同じ人間であることが信じられない程、なんでこんなものが書けるんだと絶望した。
『存在の耐えられない軽さ』ミラン=クンデラ
積読本。チェコスロバキア生まれのフランス作家で存命の大家。知人の言うところによると1頁に1つ名言があるらしい。早く読まねばならない。
『折りたたみ北京』中国SFアンソロジー
「折りたたみ」と「北京」を合わせる、ため息の出るかっこよさ。落ち込む程かっこいい。
『けがれなき酒のへど』西村賢太
西村賢太は小説の中身もさることながらタイトルが毎回味わい深い。
『思い出す事など』夏目漱石
あまり共感を得られないかもしれないが、タイトル見た時ビビッと来た。しかも夏目漱石。内容は文字通り夏目漱石が思い出した事つまり短い随筆なんだけど、「これがタイトルなのか、これをタイトルにしていいんだ」という目が開けたような感覚になった。それに「思い出す事など」って書き方はもしかしたら続きがあるような気になってくるのだ。どういうことかというと、「思い出す事など(ない)」という句が続く文のようにも取れる。まあ中身読めば別にそんなことはないんですが。
私の趣味で多少アメリカ多めになったけど、なかなかどれもかっこいいと思う。こう眺めるとやはり翻訳ものというのは良いんだよな。翻訳の際に残った言語的な固さと相まってかっこいい。