取らぬ狸の胸算用

思い込みが激しい

『アメリカ名詩選』

フランスよりイギリス、イギリスよりアメリカ。
小説に関して言えばそれが自分の好みだった。もっとも大した遍歴があるでもないが、フランス小説はどうも貴族的で陶酔した雰囲気のあるものが多くて食傷してしまうし、イギリス小説はそれよりはとっつきやすく淡泊だけど、何やら隠遁者のような様相を帯びていたり、突き抜けて空想的だったりする。もちろんそれらは間違いなく美点でもあるし、英仏の小説で好きなものだって当然あるけど、自分の趣向ど真ん中の系統からは外れていた。

 

もともと私は叙景の感性が鈍いので、感傷的な情景描写とか婉曲表現とか筋書の想像力とかに感動することがあまりない。上手いなあとかすごいなあとかは思うけど。だからそういう点で秀でているものを読んでも、「すごいものを読んだ」ということ以上の感想を持てず、結構すぐ内容を忘れてしまう。わかりやすい例だとユゴーとかディケンズとか、あとハリポタシリーズとか。読んでる時は面白いなと思ってる筈なのに、後で人に「どういう話?」って聞かれたら頭真っ白になって何一つ思い出せず、「こいつ何も読めてないじゃん」って思われるパティーン。実際、何も読めてないのかもしれない。読んだという記憶だけが空洞化されて残ってる。

 

でも要は自分が文学作品読む時に一番重要視するのって、そういう純粋に美的でテクニカルな部分よりは、いかにその作品が人間の中身を覗かせてくれるかっていう、ある種反美的な部分であって、例えば静かに心に反響する繊細な文句とかは、そこまで必要と思わない。そういう性分からか、アメリカの小説ってすごく肌に馴染む。

やっぱアメリカって開拓者気質が根底にあるから、書く文もかなり実際的でリアリスティックだし、粗削りなまでに直接的だったり…とにかく肉体の生活が滲み見えるような文章が多くて、そこがとても好き。

…という訳で、詩に疎い自分でもアメリカ詩ならイケる口かもしれないと思って買ってみた。

 

 

アメリカ名詩選 (岩波文庫)

アメリカ名詩選 (岩波文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1993/03/16
  • メディア: 文庫
 

 

結果としては概ね詩も小説と同じような印象を抱いた。もちろん詩なので芸術的な意欲が小説よりもだいぶ短く凝縮されているけれども、全体的に素朴で実生活に根ざした市民の視点で書かれた感じがして、私好みのものも多かった。

ただやっぱり詩は難しい。詩って小説以上に言語依存度が高いので当然原文で味わえるのが一番いいけど、外国語で詩を読むというのが自分には非常に困難。この本、アメリカの名詩100選を対訳で収めていて、それぞれに簡単な解説と単語の補助があり、巻末には全詩人の小伝まで載っているという大変行き届いた設計になっているんだけど、自分は肝心の原文を逐一読む気力が湧かず、訳文を読んで特に興味をそそられたものだけ原文の英語にも目を向けて、何となく読んだ気になるだけで済ませてしまった。体たらくで情けないが、今から英語強者になるのはもう厳しい。

 

とはいえ折角なので、特に気に入った詩を2篇だけ。
1篇目の翻訳は本を参照しつつ自分で、2篇目は本そのままの引用になっている。詩って一部だけ引用しても訳わからないので全文載せているが、問題があれば削除する。
どちらも精悍な男の顔が浮かび上がる、厳然とした生活の中の詩で良かった。

 

Out, Out-*1
Robert Frost
 
The buzz saw snarled and rattled in the yard
And made dust and dropped stove-length sticks of wood,
Sweet-scented stuff when the breeze drew across it.
And from there those that lifted eyes could count
Five mountain ranges one behind the other
Under the sunset far into Vermont.
And the saw snarled and rattled, snarled and rattled,
As it ran light, or had to bear a load.
And nothing happened: day was all but done.
Call it a day, I wish they might have said
To please the boy by giving him the half hour
That a boy counts so much when saved from work.
His sister stood beside him in her apron
To tell them ‘Supper.’ At the word, the saw,
As if to prove saws knew what supper meant,
Leaped out at the boy’s hand, or seemed to leap—
He must have given the hand. However it was,
Neither refused the meeting. But the hand!
The boy’s first outcry was a rueful laugh,
As he swung toward them holding up the hand
Half in appeal, but half as if to keep
The life from spilling. Then the boy saw all—
Since he was old enough to know, big boy
Doing a man’s work, though a child at heart—
He saw all spoiled. ‘Don’t let him cut my hand off—
The doctor, when he comes. Don’t let him, sister!’
So. But the hand was gone already.
The doctor put him in the dark of ether.
He lay and puffed his lips out with his breath.
And then—the watcher at his pulse took fright.
No one believed. They listened at his heart.
Little—less—nothing!—and that ended it.
No more to build on there. And they, since they
Were not the one dead, turned to their affairs.

 

出てけ、出てけ…

 

庭でチェンソーがガタガタバリバリ刃を鳴らし
埃を飛ばして木切れを散らす
風が香ばしい匂いを運ぶ
見上げた先には5つの山並み
日差しを浴びて 遥かヴァーモントまで
チェンソーはガタガタバリバリ ガタガタバリバリ
身軽と身重を繰り返す
何事もなく…その日も終わるはずだった
今日はここまで! 誰かがそう言ってくれたら…
お待ちかねの30分休憩を 彼だって年相応に喜んだはず
エプロンをつけた姉さんが 彼らに近づき呼びかける
「晩ご飯よ」 ああその時 まるでチェンソー
言葉を解したようだった
少年の腕に飛び掛かり 彼の腕もまた 自分から…吸い込まれた
両者いずれも拒まなかった だがその腕は!
最初の叫びは 悲痛な笑い
それから皆の方を見て 手を掲げた
訴えるように 零れる命を堰き止めるように そして悟った
彼はもう理解できるのだ 幼いが大人の仕事をする 一人前の坊や
全部が零れ落ちたのだ 「手は切らないで…先生…
先生が来たらそう言って、姉さん!」
そう だがもう切断されていた
医者は彼をエーテルの沈殿に浸す
横になって口をぱくぱく
脈を測った者は真っ青
誰も信じない 心臓の音を聞いてみる
かすかに…かろうじて…聞こえない!…全て終わりだ
それ以上できることはない そして皆
自分が死んだ訳ではないので それぞれの仕事に戻る

 

This Is Just to Say*2
William carlos williams

I have eaten
the plums
that were in
the icebox

and which
you were probably
saving
for breakfast

Forgive me
they were delicious
so sweet
and so cold

 

ちょっとひと言

冷蔵庫に
入っていた
すもも
たぶん君が

朝食の
ために
とって置いたのを
失敬した

ごめん
うまかった
実に甘くて
冷たくて

 

この"This Is Just to Say"の川本先生の訳はほんとに良いな。何がって言うのは難しいけど、最後の節が特に良い。この詩選集、読者への親切心からか全体として翻訳がちょっと説明的で、原文の雰囲気のわりには物々しい日本語に換えられているような感触があったんだけど、その中でこの詩の訳のなんと朴訥として瑞々しいことか。燦然と輝いて見えた。"Forgive me"って言葉に象徴される愛嬌と飾らない行儀の良さが訳にも見事に乗り移っている。「うまかった」ってのも武骨で良い。

 

あと最後にちょっと気になった点として…。この本の詩人は全員白人?だと思うが、詩の中身にも黒人の姿が不自然な程ほとんど出てこないのが逆に印象に残った。実際はそこかしこに存在するはずなのに、まるで滅菌されたかのように出てこない。まあいちいち肌の色に触れる必要もないと思うから、明言されてないだけで黒人が謳われていたりもするのかもしれないけど。

 

*1:ロバート・フロスト(1874-1963)。『アメリカ名詩選』pp.118-123

*2:ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883-1963)。川本皓嗣訳。『アメリカ名詩選』pp.178-179